コラム
交通安全に関する知識やノウハウを分かりやすく解説
交通安全の教育・研修をお考えですか?
今すぐ無料相談交通安全活動の効果は、減らした事故件数だけでは測れません。死亡事故が多発した警察署での経験から、安全意識を共有する活動の価値を考えます。

警察官を希望する3人の高校生が警察署を訪れていた。
指紋を検出する鑑識活動などを体験した後、署長室で質疑応答を行った。
女子高生が質問した。
私は答えた。
「警察官にとって最も大切な素質とは、普通の人であることです。
警察官として必要なこととは、事件や事故に巻き込まれた人たちの気持ち、
そして市民が何を警察に期待しているのかを理解することです。
そのためには、常識を備えた普通の人であることが最も大切です。
特別の勉強や格別の経験など必要ありません」
すると、それまで黙って聞いていた男子高生が言った。
「今、私たちが学校で勉強している数学とか、無駄な気がするのですが」
それを聞いて、私はつい本気になった。
「いかなる経験も無駄ではない。それを無駄にするのは自分自身だ!」
私は学生時代、専門の法学書よりも文学書を読みあさり、いつも何かを考えていた。
しかし、そんな読書から何かを得たという実感は乏しく、その思索が何かの役に立ったという記憶もない。
ただ、そうした経験を経て、時間を過ごした結果として、現在の自分が存在していることは確かである。
何もせず、何も考えず、ただぼんやりと一日を過ごしたから無駄なのではない。
反対に、一日中本を読んで考え続けたとしても、その知識・思索そのものが何かの役に立つのではない。
それまで交通警察の経験などなかった私は、警部という階級になって突然、警察署の交通課長を命ぜられた。
その警察署では死亡事故が多発しており、当時は1年間に30件以上の死亡事故が発生していた。
毎週のように、死亡事故、重体事故、ひき逃げ事故等々が発生し、
深夜に電話を受けて現場に赴き、そのまま朝を迎えることも珍しくなかった。
その日も深夜に死亡事故が発生し、そのまま現場で朝を迎えた。
警察署へ戻ろうとしていたところ、上司から電話があった。
「ゼロの日の交通監視を忘れるな!」
現場から交通監視に向かい、疲れ切って署に戻ると警察本部に電話した。
「ゼロの日の交通監視を繰り返しても、
死亡事故の発生が止まらない検問や取締りなど、他の活動に変更してはいけないのか?」
それは私の率直な気持ちだった。しかし、電話の向こうから返ってきた答えは、
「バカヤロー、ゼロの日は交差点に立つもんだ!」
私は失望した。
私は怠けたかったのではない。これ以上、死亡事故を見たくなかっただけだ。
被害者の惨い姿、ご家族の嘆き・叫び、加害者の茫然自失した姿、......。
それを減らすために、交差点に立って笛を吹くことに効果があるのか、
他に何か方法はないのかと問いかけたのに、誰も答えてくれなかった。
そのときの悲しさ、悔しさは、今も私の中にあるが、それは、私にとって価値ある経験のひとつである。
今ならわかる。
ゼロの日に立つことの価値も、自分の言葉で説明できる。
ゼロの日に立つことで何件の事故を減らすことができるのかではなく、
そこに参加した人たちの安全意識を高め、交通安全の価値を共有することを通じて、
今日の交通環境が存在している。
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